wah pedal

 アラスカの氷河の代表的なものは、太平洋岸にある。アンカレージから、海岸にそって、カナダの方へ伸びた海岸地帯がそれである。この氷河の特徴は、氷河の末端が、海岸のすぐ近くにまで達している点にある。そしてそのうちのかなりのものは、直接海に流れ入っている。
 先年、ディズニイの映画で、氷河が崩壊して、海へ落ち込む場面を見せてくれたものがあった。氷河の末端は、三十メートルを越す氷の断崖となって、大洋に迫っている。北海の荒浪は、その氷の絶壁の根を噛んで、はげしく飛沫を散らしている。
 この白い絶壁は、如何にも千古の懸崖の如き様相を呈しているが、しばらく見ているうちに、上部の方に、徐々に縦の割れ目が入り、やがて絶壁の一部は、数百個の氷の大塊に割れて、海に崩れ落ちる。まさに息をのむばかりの壮烈な景観であった。

 料理のうちには、甘過ぎもしない、塩ッ辛くもない、酸っぱさも丁度いい、何一つ欠点はないが、唯美味くはない、という料理だってあり得る。そしてそういう料理が、一番始末に負えない代物である。「美味いが、唯少し塩ッ辛いだけだ」という方が、まだましである。
 これは何も料理だけに限った話ではない。人間にも、学業は優秀、品行は方正、身体は強健、人附合いは満点、何一つ欠点のない男で、唯面白くはない、という人もある。欠点がないだけに、非難のしようもないので大いに困るが、どうもそういう人とは、本当の友人にはなれそうもない。
 もっとも、これは主として日本で通用する話かもしれない。というわけは、日本では、勤勉とか、正直とか、孝行とかいうものは、美徳の中に数えられている。しかし「面白い」ということは、美徳の中にはいっていない。
 しかし外国、とくに英国などでは、ユーモアというものは、美徳と考えられている。ユーモアは、諧謔などと訳しては、どうも趣きが出ないもので、「面白味」と訳するのが、一番いいのではないかと思われる。

 こんな夜は、長火鉢に貝鍋をかけ、銅壺に酒をあたためて、静かで長い夕食をとる。貝鍋の魚には、いろいろためしてみたが、けっきょく一番安くて、一番味のない、ほっけに落ちついた。
 これは磯魚であって、鱈の子供が、親にはぐれて、陋巷にすみついたような魚である。北海道の日本海沿岸では、どこでも、いくらでもとれる愚魚である。太平洋岸でもとれるのかもしれないが、それはどうでもよい。
 近海で多量にとれる魚であるから、少し気をつけていると、水から揚がったばかりのようなあたらしいのが、市場の魚屋などにもよく出ているらしい。細君は、みつかり次第買ってくるようであった。どんな愚魚でも、あたらしい魚はうまい。貝鍋に昆布を一枚しき、このほっけの切身と豆腐を入れ、せりか三つ葉の青味を少し加えて、湯でくつくつと煮る。味つけは、うすくちの醤油を数滴たらすだけ。